離婚に際して、「離婚したら家は私がもらうからね」ということを強硬に主張される女性がいらっしゃいます。
当該不動産が担保に入っていなければ、こういう話もそれなりのものとして受け取れるのですが、ローンで買ったマンション等の場合は問題です。
不動産を現金で買うような特殊な筋の方は別として、カタギの方が常識的な方法で不動産を購入するとなると、頭金を準備して、銀行から融資を受けて購入するのが通常です。一般に「晴れのときに傘を貸し、雨が降り出すと傘を強引に取り上げる」などと言われるくらいシビアな銀行のことですから、融資をしておいて、担保を取らないということは絶対ありません(ごくたまに、金融機関が担保を取らず融資をする場合もありますが、これは不正融資という名の背任行為であり、後でバレると、逮捕者や自殺者が何人か出ることになります)。
30年とか40年とかの住宅ローンを払い続けて完済した後に離婚するならともかく、ローンの支払いも終わっていない段階で離婚となると、妻が狙っている自宅には、ベッタリと銀行の担保がついています。
「ローンの払い終わっていない自宅」などという代物は貸主の所有物みたいなものであり、こんな不動産を持っていたところで、物件所有者の法律上の地位は借家人と大差ありません。
ローンで購入した自宅を「私がもらう」と強く争ったところで、「大喧嘩の末に別れた夫が、無理やり出ていかされた自宅のローンをニコニコ支払う」とも考えられませんし、ローンの支払いが止まれば退去させられるだけです。
これに対して、「すでに何年かローンを払っているのだから、マンションを売却したら残っている借金よりも高く売れるはず。だからその差額くらいはもらえるはずだ」という方もいらっしゃいます。
しかしながら、「不動産は、必ず買った価格より高く売れる」というかつての神話は、はるか昔に与太話と化しています。
20年でガタがくるような安普請の一軒家の場合、10年も経てば経済上の価値はゼロに近似したものとなりますし、猫の額のような郊外の土地の価値は買ったときからぐんぐん下がりはじめているものと思われます。
マンションにいたっては、我々資産取引のプロフェッショナルからみれば耐久消費財と同じであり、「手垢がついた瞬間、半値になる」という物件も相当あります。
実際、平均的サラリーマンが購入した家やマンションの多くは、残っている借金が資産価値を上回る不動産(専門用語で「オーバーローン物件」などといいます)であり、要するに「売却して換金しても、借金が払いきれない」物件なのです。
「ローンをして不動産を購入する行為」というのは、経済的には「住宅向不動産市場が債権市場よりも有望と考え、債権市場で借入れ、不動産市場に数千万円単位の投資をする」ことと同義であり、
バブル崩壊以降の住宅向不動産市場の長期的状況をふまえれば、自ら首を吊る行為と同じです。
以上のとおり、ローンで購入した住宅を有する、30代とか40代とかの典型的なサラリーマン世帯の夫婦において不和が生じ、離婚するような場合、「離婚したら家は私のものだからね」という妻の言い分も、実はあまり意味がない要求であるといえます。
引き続き、離婚にまつわる都市伝説を検証していきたいと思います。
(つづく)
著:畑中鐵丸
初出:『筆鋒鋭利』No.010、「ポリスマガジン」誌、2008年6月号(2008年6月20日発売)