夫に浮気(法律上は不貞行為といいます)をされた妻側の常套句としては、「浮気したわね! おぼえてらっしゃい! たんまり慰藉料ふんだくって離婚してやるから!」というものがあります。
「たんまり」「ふんだくる」というのがどの程度の額を指すのかは発言者の経済感覚によりますが、「裁判所が認めてくれる慰藉料額」は、一般の方が想定するほど景気のいい金額ではありません。
裁判例としては、「(夫は)時々の自己の感情の赴くまま単独で、あるいは愛人A、愛人Bを随伴して旅行に出かけるなどし、これらの夫の身勝手な行動によって妻が相当程度の心労を被ったことは想像に難くない。以上の諸事情のほか、本件に現れた諸般の事情を考慮すると、夫が妻に支払うべき慰謝料額は80万円が相当である」(東京地方裁判所判決平成17年2月22日判決要旨)のようなものがありますが、要するに、やりたい放題しても慰藉料は80万円しか認められないのです。
「裁判における慰藉料相場」としては、一般にいわれているには100万円前後であり、よほどひどい状況があっても300万円を超える慰謝料を取るのは困難といわれています。
離婚して手にできるのは100万円程度ですが、離婚後世帯が分離することにより元妻側に襲いかかる過酷な経済的苦境は第1回で解説したとおり。
妻側にとっては「浮気されて離婚したはいいが、雀の涙ほどのカネしかもらえず、いつの間にか貧乏になり、踏んだり蹴ったり」ということになります。
さらに不愉快な話になりますが、この慰藉料というのは、不貞行為を基礎づける事実立証に成功した場合に初めて認められるものです。
「何となく怪しい」「行動が不可解」「女の影がチラホラ」みたいな程度の与太話では、慰藉料以前の問題として、不貞行為の事実すら認められず、当然ながら、「慰藉料はゼロ」ということになります。
だったら、「妻の方も報復で浮気してやればいい」等と安直なことを助言される方もいます。
しかし、これは、妻側にとってさらに過酷な結末を招くことになります。
すなわち、不貞行為の代償たる慰藉料はそれほど大した額にはなりませんが、不貞行為が一回でもあれば、立派な離婚事由となるのです。たとえ、夫の浮気に対する報復であれ、妻側が浮気をすれば、夫から強制離婚の請求を受けることになります。
つまり、「夫側が不貞行為をしても、支払うべき慰藉料は少額で、かつ、離婚後の人生設計がみえないので事実上離婚請求が困難」だが、「妻側が不貞行為した場合は、たとえ夫の不貞への報復目的であっても、問答無用で強制離婚となり、経済的苦境にさらされる」ということになるのです。
不公平だとか、おかしいだとか、という感情論はさておき、これが現在の日本の裁判実務における厳然たる状況です。
異性にだらしない夫と徹底的に戦うのは多いに結構です。
しかしながら、このような「地の利」をわきまえず、無責任な迷信に惑わされて好戦一方で攻め立てても、さらなる不幸に見舞われかねませんので、注意が必要です。
連載形式の「離婚が頭によぎったら、まずは読んでおくべき”離婚にまつわる迷信・都市伝説”」も4回目となりましたが、引き続き、この検証を続けていきたいと思います。
(つづく)
著:畑中鐵丸
初出:『筆鋒鋭利』No.011、「ポリスマガジン」誌、2008年7月号(2008年7月20日発売)