00036_「金持ちと結婚して絶対幸せになってやる!」と意気込む婚活女子が知っておくべき、「金持ちの分類・特徴・生態・習性・偏向」その5:投資家_20190420

投資家もケチといえばケチですが、投資家のケチっぷりは、これまでみてきたほかのタイプのケチとはやや毛色が異なります。

これは、投資家にとって、
「お金」
というものの捉え方が、他の金持ちと異なることに由来します。

そもそもの話になってしまいますが、
「お金」
という道具は、いろいろな顔をもっています。

われわれ一般人にとっての
「お金」
とは、価値を貯蔵したり、価値あるものと交換(決済)したりする機能をもつ、究極的に便利な道具であり、それ以外の何物でもありません。

ところが、投資家は、
「お金は、もう1つ重要な機能がある」
ということを明確に認識しており、この機能を最大限にかつ効率的に使うことに命をかけて取り組んでいる、というところに生態の特徴があります。

「価値を貯蔵したり、価値あるものと交換(決済)したりする機能以外のお金の機能」
とは、一体何でしょうか?

それは、お金のもつ、
「お金を運用することによって、それ自体が、価値を創造し、自己増殖させることができる」
という機能です。

製造業を経営する企業の社長にとっては、工場が生産手段として日々価値を創造してくれます。

投資家にとっては、お金が
「メーカーにおける工場」
と同じ意味と価値を担います。

一定の方向付けを与えれば、自己増殖的に価値を生産してくれ、大切な商売道具として認識されます。

ポケットに1万円入っていて、食事をするために入店したレストランのディナーコースが、Aコース7,000円、Bコース5,000円、Cコース3,000円の3種類があったとします。

この場合、投資家が意識するのは、食べたあとに残った3,000 円なり、5,000円なり、7,000円が、そのまま
「価値創造手段」
として使うことができる、という事実です。

7,000円のコースを食べれば一過性の満足をそれなりに得られるかもしれません。

しかしながら、7,000円のコースを食べれば、3,000円のコースを食べた場合に比べ、手許に残る金銭差分(7,000円ー3,000円=4,000円)については、投資に回せる可能性を不可逆的に喪失してしまい、その結果儲けるための道具が相対的に貧弱になり、投資収益増殖のスピードが犠牲となってしまいます。

要するに、投資家が、お金を価値交換道具として消費に使う場合、
「お金のもう1つの大事な機能である、『投資という貴重な営みに使う必殺道具』を部分的に犠牲にしてまで、その贅沢をする価値があるか」
といった思考を巡らす習性を有する、ということです。

もっと簡単にいえば、種籾(たねもみ)は、ご飯に炊いて食べてしまえばそれで終わりだが、田んぼに撒いて収穫することによって、もっと増やすことができる。

お金も、使えば終わりだが、うまく使って増やすことができる。投資家は、お金に対して常にそんなイメージを抱いている、ということです。

また、投資家にとっては、情報や情報の運用は、命とお金の次に大事なものです。

ですから、正確で良質な情報をスピーディーに入手するためや、取引を瞬時に決済するための情報環境投資については、まったくお金を惜しみません。

他方で、陳腐な情報、コモディティとなった情報設備・機器については、瞬時に無価値と判断し、まるで興味を示しません。

したがって、投資家は、情報の入手・整理・分析に資するものや、これらの作業時間の効率化に貢献するものには、惜しみなくお金をつぎ込みます。

とはいえ、昨今の革命的な情報技術の進歩によって、少ない投資で、以前では到底考えられなかったような巨大なデータを、パソコンやスマホで扱えるようになりました。

ICT技術の発展で、笑いが止まらないくらい恩恵に浴しているのは、投資家という人種であることは間違いありません。

最後に、ほとんどすべての投資家は、税金という
「日本最大の暴力団が強制的に徴求するみかじめ料」
に対して、根源的な憎悪を抱いています。

設備も人員も不要のICTが発展した現代社会においては、パソコンとネット環境さえあれば、投資活動はどの国や地域でも行えます。

投資家としては、特定の国家から特定の行政サービスを受けている意識も感謝も希薄であり、
「国なんてあってもなくてもいいし、むしろ、無駄に税を徴求し、移動を制限し、無意味な規制を振り回す、有害な寄生虫」
くらいにしか思えません。

ですから、節税や租税回避のためであれば、相当大掛かりなものや冒険的なものも含めて、費用を投じて各種スキームを策定したり実践したりします。

成功した投資家が、日本の課税を忌避して、税率の低い海外に移住する、なんて話をよく聞きます。

私などは、投資こそするものの、本業が日本の弁護士業であり、さらに
「安全で清潔な環境と、世界一のメシの旨さと、ホスピタリティの充実さと、製品・サービスの洗練度合い」
から考えて、永遠に日本で住み続けたいですし、
「僅かな税を忌避して、別に悪いこともしていないのに、こんな素晴らしい国を、自主的な国外追放・亡命のような状況に身を置くなんて、あり得ない」
と考えてしまいますし、
「海外移住することにまつわる、コストや面倒や不愉快さや不都合さを考えると、却ってカネとエネルギーの無駄につながるんじゃないか」
とも思ってしまいます。

こんな
「日本大好き」
な私にとっては、
「世界の難民にとって、トップクラスの逃亡先であるニッポンから、自主亡命・自主難民化する」
という投資家の行動はまったく理解し難いのですが、
「筋金入りの投資家の冷徹な判断」
からすると、私の考えの方がアホで不合理でヌルい、と映るのかもしれません。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.140、「ポリスマガジン」誌、2019年4月号(2019年4月20日発売)

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