00153_取締役の悲劇(6)_20101020

「取締役の悲劇」
の連載の最終回です。

前回まで、ある
「取締役」
の方が手形法に関する知識がなかったばかりに大損を被った、というお話をさせていただきました。

ところで、法律オンチの
「取締役」
の方が大きな法務トラブルに見舞われるというのは別に珍しいことではなく、むしろ、
「取締役の多くが、法律的に間違ったことを仕出かしているものの、相手や運に恵まれ、大きなトラブルとして顕在化しない」
という状況がほとんどです。

実際企業法務の現場でおみかけする多くの
「取締役」
の考えや行動は、我々プロの法律家からみると、気でも狂ったかと思われるほど異常なものばかりです。

では、圧倒的大多数が法律知識を欠落している
「取締役」
という人種が、法的無知に起因する悲劇に見舞われないようにするには、一体どうすればいいのでしょうか。

まず、1つは、がんばって法律を勉強することです。

言ってみれば誰でもなれる
「取締役」
になったくらいで浮かれて毎晩飲み歩いたりせず、暇があったら早く家に帰って民法や会社法の本をしっかり読み、立場や役割にふさわしい法的知識を具備するよう精進することです。

さらに言えば、
「取締役」職
を資格制にして、
「『公認取締役資格試験(仮)』のような試験を合格した者でなければ、取締役になれない」
という制度にする、ということもアリだと思います。

そもそも
「どんなバカでも取締役になれる」
というのが、事故が多発する根本的原因です。

会社法が法運用の前提とする
「取締役」

「基本的な法律知識を有する経営専門家」
ですが、実体との乖離が甚だしい現状がある以上、特定の試験合格による能力担保を行う制度を実施すれば、
「取締役」
からバカや認知に問題がある人が排除され、不幸な事故が減るはずです。

とはいえ、以上のようなことを実現しようとすると、相当な時間とエネルギーを要しますし、経済界からの猛反発が予想されます。

さらに言えば、
「廃業数が起業数を上回る」
という日本の企業社会のお寒い現状が加速され、企業数の低下にますます拍車がかかり、経済が停滞しかねません。

現実的な対応策とすれば、まずは、
「取締役」さん
が自らの無知・無能(あくまで法律知識における無知・無能という意味ですが)を悟り、
「わからなければ、知ったかぶりをせず、知っている人の意見をよく聞く」
という当たり前のことを励行することが重要です。

「学校での学生生活」

「ビジネス社会における社会生活」
の違うところは、
「後者(「ビジネス社会における社会生活」)では、情報を買ったり、カンニングが許されている」
という点にあります。

すなわち、学校では、知らないことやわからないことを自分で調べることをせずに友達に結果だけを聞いてすませたり、レポートを自分で作らずに友達のものを書き写したり、あるいは自分の能力や勉強の成果が試される試験において他人の答案を覗き見たりするのはいずれもご法度とされます。

しかしながら、ビジネス社会においては、カネの力にモノを言わせ、プロを雇い、知恵や文書成果物を買い上げて、自分のモノとして利用するのはむしろ推奨される行動です(逆に、「能力がないのに、プロにまかせず、自分の力でやってみて失敗する」ことの方がNGとされます)。

ですので、ズブの素人である自身の法常識(そのほとんどは間違ったもの)など端からアテにせず、プロの弁護士をカネで雇って、法律知識を
「購入」
して武装すればいいだけなのです。

そして、そういう行動を取るためにも、法律の怖さを理解し、自分の能力を過大評価せず、謙虚に生きる気持ちをもつことです。

最後に、私からまとめの一言。

「いいですか、取締役の皆さん。
皆さんは、強大な地位と権限が与えられています。
法律上、
『会社法その他の法令に通暁した経営のプロ』
とみなされ、無知ゆえにどんなアホなことを仕出かしても、言い訳なしでケツをきっちり拭かされる立場にあります。
こんなに重大な責任ある立場であるにもかかわらず、試験も何もなく、バカでも誰でもなれちゃんです。
だから怖いんです。
世間がいくらチヤホヤしても、舞い上がることなく、己の分際をよくわきまえ、
『オレは法律オンチだ』
を常に心の中で唱え続け、わからない法律問題に遭遇したら、自分の使えない頭脳で考えたり変な知ったかぶりをせず、全部、事前に法律の専門家に相談するんですよ。
わかりましたね」

(了)

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.038、「ポリスマガジン」誌、2010年10月号(2010年9月20日発売)