00215_緊急決裁をミエル化する― 判断を支える3つのフレームと、“焦り”の正体

「決裁案件が急ぎで回ってきました。どうしますか?」
そんな問いかけを、経営者は経験しているのではないでしょうか。

「緊急」
「至急」
「今すぐ」
このような言葉を受け取るたびに、経営者は判断の速度を上げるよう(従業員等から)求められます。

しかし、そもそも、何が
「緊急」
なのでしょうか。

どのレベルの
「火急」
であれば、通常のルートを飛ばして、決裁を早回しさせてよいのでしょうか。

1 「緊急」とは、何をもって“緊急”なのか

たとえば、ある食品メーカーの加工工場で、現場から
「この機械を今すぐ修理しないと、生産ラインが止まります」
と、焦った声で電話連絡が入ってきました。

確かに、生産ラインの停止は一大事です。

納期が遅れれば、スーパーや卸先に迷惑がかかります。

売上も立たず、信用にも響くかもしれません。

でも、少し立ち止まって考えてみてください。

・その“ライン”は、今日・明日、今週中に出荷する商品を作っているのか
・それとも、まだ在庫に余裕がある来月納品分なのか
・他のラインで代替できる可能性はあるのか
・そもそも機械の不具合はどの程度で、修理の見積もりは妥当なのか
・手配先は信頼できる業者なのか
・修理しなければ本当に止まるのか
・ラインが止まると、どれだけのロスが生じるのか

しかし、立ち止まって考えている間にも、現場からは矢継ぎ早に“緊急コール”が飛んできます。

「その部品はもうメーカーが生産していないので、別ルートで調達します」
「けどその業者は、今日中じゃないと手配が間に合わないんです」
「とにかく今すぐ!」
「今日中に決裁を!」

こうした焦燥感に満ちた訴えを前にすると、つい
「急がなければ」
と思ってしまいます。

けれど、少し冷静になってみてください。

その“緊急性”は、本当に構造的な問題なのでしょうか。

その“焦り”は、事実に基づく緊急性なのでしょうか。

それとも、
「遅れたら怒られるかもしれない」
「なんとなく不安だ」
といった、情緒的な要素が混ざってはいないでしょうか。

たとえば、
「この修理部品は、メーカー在庫が今日中にしか押さえられないらしい」
と言われても、“らしい”の中身はあいまいです。

もし急ぎの根拠が
「業者にそう言われたから」
だけだとしたら、判断材料としてはまだ不十分です。

もっと困るのは、
「とにかく業者が急げと言っている」
「何を買ったかよく分からないけど、とにかく急ぎ」
「言葉にできないけど、何かがヤバいらしい」
このような類の“緊急”です。

これはたとえるならば、
「どこの骨が折れているかも分からないのに、手術だけは急げ」
と言われているようなものです。

これでは、組織の意思決定の精度を落とすだけでなく、意思決定そのものが
「人任せ」
になってしまいかねません。

2 優先順位をつける“トリアージ”という考え方

医療の現場では、
「トリアージ」
という考え方があります。

すべての患者に同時に対応できないとき、どの人から優先して処置するかを判断する手法です。

3 決裁案件におけるトリアージ

(1)「費用」と「緊急性」──この2軸で整理する

決裁案件にも医療の
「トリアージ」
のような考え方を取り入れて、優先順位をつけることができます。
それが、
「費用」

「緊急性」
です。

これら2軸で案件を仕分けていくと、優先順位が自然と見えてきます。
・この出費は本当に必要なのか
・時間的にどれだけの余裕があるのか
・失ったときのリスクはどれだけか
・進めたときのリターンはどれくらいか

4 意思決定のための“評価対応”という視点

もうひとつ、大切な軸があります。

それが
「評価対応」
という考え方です。

「評価対応」に必要なのは、理想と現実です。

あるべき姿(あるべき)と、現状(現実)とも言えましょう。

要するに、案件を
「あるべき論」

「現実論」
の両面から見つめ直すということです。

(1)あるべき論

「そもそもこの案件は、必要だったのか?」
という視点です。

・費用対効果は検証されているのか
・代替手段、回避方法は検討されたのか
・外部の意見を聞いたのか
・責任者は明確か
・発注に至る経過は合理的だったのか

そして、その案件を
「進めた場合」

「やめた場合」

「プロコン(Pros and Cons)」(メリット・デメリット)
を比較します。

(2)現実論

このまま進めた場合、そして途中でやめた場合の
「プロコン(Pros and Cons)」(メリット・デメリット)
を洗い出していきます。

特に、途中でやめた場合のマイナス(契約解除によるペナルティや廃棄費用など)を定量的に把握することで、判断材料としての厚みが出てきます。

これが、“判断の構造”を持たせた意思決定の形です。

5 原則は「現場に書かせる」こと

そのためには、現場に書かせた一次資料に、評価者(責任者、監督・管理職従業員)の判断を加えて、社長や経営層に具申させるのです。

ここでの原則は明確です。

どんなに急いでいても、まずは現場に自らの言葉で書かせることです。

もしそれが書けないようであれば、その案件は
「語れるほどには咀嚼されていない」
と見なすべきです。

もちろん、どうしても急ぐ場合には、聞き取りによって資料を代筆するという方法もあります。

けれども、それはあくまで例外対応。

例外が常態化すると、組織の判断基盤がゆるんでしまいます。

6 「早く進めたい」の正体を見極める

現場が
「早く進めたい」
と言ってくる理由が、
「契約リスク」

「業務停止」
ではなく、ただの
「心配」
である場合は、実は少なくありません。

「相手の信頼を失いたくない」
「何となく怖い」
その気持ちは理解しつつも、会社としての判断は、もう一段冷静でなければなりません。

焦りに巻き込まれず、感情に引きずられず、裏づけを確認し、背景を洗い出し、判断に文脈と構造を持たせる。

そのために必要なのは、派手なテクニックや、裏技のような手法ではありません。

必要なのは、正しい順番で、正しい材料をそろえ、丁寧に判断を組み立てていくこと。

情報を集め、違う角度から見直し、リスクとリターンを冷静に比べること。

それらを一つひとつ、積み重ねていくことで、判断の輪郭が浮かび上がってきます。

奇抜な打ち手よりも、基本を押さえたプロセスこそが、最終的には組織を守る力になるのです。

7 まとめ──決裁は会社の意思である

決裁というのは、手続きであると同時に、会社の意思そのものです。

混乱の中でも、筋を通し、構造をもって判断する。

判断の質は、平時ではなく、まさに混乱の局面でこそ問われます。

判断とは、組織の顔であり、そこにトップの姿勢が透けて見えます。

言葉と構造で、会社──つまりトップの意思を支えさせる。

それが、“決裁のカタチ”です。

その積み重ねが、組織の信頼となり、やがて会社の顔になっていくのです。

著:畑中鐵丸