映画の中に、文部省推薦(文部科学省推薦)というものがありますが、私はこういう推薦があると、観る前から駄作と決めつけることにしています。
そして、もちろん、物事には例外というものもあり、全てに当てはまるとはいいませんが、この決めつけは、たいてい正しく、実際、当該被推薦映画を間違って観てしまった友人等に感想を聞くと、「駄作。観て損した。時間とカネの無駄だった」という評価が多く、私の決めつけの正しさを裏付けます。
ちなみに、この「文部科学省推薦映画」、ウェッブサイトを観ると一定の規程に基づき選定されているようですが、その選定基準の内容は
「教育上価値が高く、学校教育又は社会教育に広く利用されることが適当と認められるもの」
とされています。
そもそも、映画というのは、勉強とか教育とか仕事とかいったツマンナイ日常から逃れるために観るものです。
学校とか教育とかがイヤで、非日常の空想に耽ろうと逃れたら
「教育上価値が高く、学校教育又は社会教育に広く利用されるような映画」
が待ち構えていたとなると、たまったものじゃありません。
エンタテイメントの世界では、
「死」や
「セックス」や
「暴力」
といった
「社会生活の中で抑圧されている、非日常で道徳に反する事象」
を取り扱った方がウケることはよく知られています。
すなわち、エンタテイメントというのは、道徳とか教育とかとは対極に位置するものです。
その昔、
「事実上独裁体制が維持されている、テロ国家との指定を受けている東アジアの某国」
が、当該国とイギリス諜報部とのスパイ合戦を描いた大ヒット映画
「007/ダイ・アナザー・デイ」
を、
「悪の帝国で変態と堕落、暴力と色情の末世的な退廃文化を広げる総本山」
と評したことがあります。
教条的で道徳を強調した独裁体制を有する国家から
「暴力と色情の末世的な退廃文化を広げ」た映画
と批判されたということは、裏を返せば、当該映画が優れたエンタテイメント性を有することが確認されたのと同義であり、当該国からの当該批判は、エンタテイメントの世界では勲章ものの話です。
実際、このことを裏付けるかのように、当該作品は大ヒットとなりました(全世界興行収入約4億ドル、007シリーズとしてはそれまでの最大のヒット作)。
私としては、国民一般の教育水準向上は、国家の機能・役割として非常に重要であり、その意味では、文部科学省の役割には多いに期待しております。
しかしながら、教育が機能しうるのは、せいぜい15才ころまでで、その後は、勉強とか自己研鑽とかは個々人の責任で行っていくものです。
実際、義務教育を終えた16、17才になると、勉強に価値を見いださない人間についてはどんな教育を施しても無意味であり、逆に、
「勉強をすることが将来の保障につながる」
という単純な社会事実を理解した人間については、放っておいても自主的に勉強をします。
文部科学省は、初等・中等教育については「ゆとり」など与えず、もっと充実させた方がいい、と思っていたら、やっぱり、「ゆとり」教育はなくなりました。
反面、大学・大学院については、教育・研究内容に介入せず、環境整備に留めておくべきだと思います。
ましてや、文部科学省が、
「反道徳・反教育的なものほど価値が高い」
とされるエンタテイメントの世界にまで首を突っ込み、エンタテイメントの本質を見誤った駄作を見つけ出して推薦する等といった純然たる愚行は即刻辞めた方がいいような気がします。
「ものを知らない子供に対してだけでなく、世の中のウソがある程度わかる大人に対してまで、国家主導で道徳的・教育的価値を普及する」
等という悪趣味な行政運営は、成熟した文明国としてはむしろ嫌忌すべきものですから。
私が映画制作者だったとして、もし、文部科学省から
「あなたの映画は、教育上価値が高く、学校教育又は社会教育に広く利用されるような映画ですので、この度、文部科学省推薦映画に内定しました 」
という連絡来たらどうするか。
1、そんなに駄作だったか、文部科学省から推薦を受けるとは、落ちぶれたものだ、と嘆息し、映画の世界から足を洗う
2、文部科学省に対して、「推薦とか、頼むからやめてください。どうしても、推薦なんて嫌がらせするなら、配給前にセックスシーンと暴力描写と殺人シーンを挿入しますよ。それでもいいんですか!とにかく、そっとしておいてください。それでも推薦を強行するなら、立派な営業妨害ですよ」と言って、推薦をやめてもらう
のどちらかでしょうね。
ちなみに、私のコラムやエッセイは、自分自身では
「教育上価値が高く、学校教育又は社会教育に広く利用されるようなコンテンツ」
だと思うのですが、まあ、文部科学省から「有害コンテンツ」 とされることはあっても、同省推薦とはならないでしょうね。
著:畑中鐵丸
初出:『筆鋒鋭利』No.019、「ポリスマガジン」誌、2009年3月号(2009年3月20日発売)