00062_「委ねる」ことの難しさ_20080320

今年(注:2008年当時)に入って、中国産冷凍食品に有毒性の農薬が混入していた、という問題が発生しました。

問題が発生してから現在まで、販売者もメーカーも日中両政府もマスコミも「製造からスーパーに出回るまでのどの段階で、どのような形で農薬が混入したのか」ということを、さまざまな角度から検証する動きに出ています。

しかし、私は、農薬の問題は非常に瑣末な問題であり、かりに混入の詳細な経緯が明らかになっても、中国産冷凍食品の買い控え傾向は続くのではないかと思います。

テレビ等で中国現地における加工ラインの様子が紹介されましたが、現代の日本人の衛生感覚からは、当該加工ラインの衛生状況は明らかに容認の限界を超えています。というよりも、そもそも、日本人の口に入るものを中国の工場で生産するということに相当な無理があったのではないかとさえ思うのです。

この問題の背景には、冷凍食品メーカーが、「委託」すなわち「委ねる」ことの難しさを深く考えずに、目先のもうけに踊らされて、漫然と中国での生産委託ないし加工委託した、という経営判断ミスがあるように思います。

そもそも、物事には、委託に馴染むものと馴染まないものとがあります。また、委託に馴染むものであっても、委託するにふさわしい相手先とそうでないところというのがあります。

実際、職業上遭遇する事件には、「委ねる」ことにまつわる失敗が原因となった事件が実に多く存在します。

たいていの方が、「ラクをするため」「面倒くさいことから解放されたいため」「もうかりそうだから」という理由で、ロクな検証もフォローもせず、見ず知らずの人間に、財産や権利や印鑑を委ねてしまい、その結果、委ねられた方が勝手な行動をして、大きなトラブルが発生します。トラブルが委ねた相手方との間に留まっている間はいいのですが、たいていのケースでは、第三者を巻き込んで取り返しのつかない状態に陥っており、権利も財産も失くすことがほとんどですし、身に覚えのない債務まで負わされるケースすらあります。

このように、そもそも「委ねる」ということは大変難しく、チェックやフォローをせずに、ラクして丸投げしようとすると、必ず大きなツケを払わされます。

自動車部品や衣服やスニーカーや工作機械については、工場内の衛生状況や工員の衛生感覚はあまり考慮せず、一定の品質のものが安い工賃で作ることのみを考えて、中国その他の国に加工を委託することは実に合理的であり、市場にとって有益な選択といえます。

しかしながら、食品の生産や加工委託となると、自動車部品や衣服やスニーカーや工作機械と同じに考えるわけにはいきません。

レクサスにちょっとした傷がついていたり、アルマーニやゼニアのスーツにちょっとしたほころびがあっても、安く購入する人が存在し、その限りで市場性を有しますが、「少し腐って、食べたら腹痛がするかもしれない大トロ」や「ちょっと寄生虫がついたシャトーブリアン」などというのは、市場性がないどころか、有害な廃棄物にすぎません。

その意味で、食品には、一定の品質、それも衛生状況における絶対的な基準というものが存在しますし、これをクリアしない限り、どんなに廉価に生産・加工できても意味をなしません。 今後、日本向け食品を中国で生産・加工するというトレンドに大きな歯止めがかかることになるのでしょうが、私個人としては、この問題を教訓として、食品メーカーの経営陣が「委ねる」ことの難しさを再認識し、よりよき生産形態を構築していただきたい、と思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.007、「ポリスマガジン」誌、2008年3月号(2008年2月20日発売)

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