00158_企業の意思決定(3)_20120120

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(4)内部統制のお仕事

前回、企業組織運営の意思決定に関するお仕事の中で、企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事、すなわち、
「(ア)誰がボスかを決め、(イ)企業を運営する方針を決める」
というお話をさせていただきました。

今回は、内部統制、すなわち
「(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる」
というお仕事についてです。

内部統制と似たもので、最近よく耳にする経営課題としてコンプライアンス(法令遵守)というものがあります。

内部統制もコンプライアンスもほぼ同じ概念なり経営課題として考えていただいて差し支えありません。

内部統制が
「企業の方針」

「企業の実際のオペレーション」
の整合性を確保する活動とすると、コンプライアンスは
「各種法令」

「企業の実際のオペレーション」
の適合性を確保するための活動と整理できます。

とはいえ、企業の方針が法令に適合したものであることが当然求められる以上、内部統制もコンプライアンスも、
「企業の現実の活動を法令及び定款に合致したものにする」
という点において、目指す方向は同じといえます。

内部統制あるいはコンプライアンスを進めるために行うべき具体的タスクとしては、
(ア)教育・研修
(イ)違反の検知
(ウ)違反者の制裁
といったものが挙げられます。

以下、これら各仕事の進め方や作法をみてまいります。

(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修

まず教育・研修についてですが、内部統制やコンプライアンスの教育研修は、一般の学校教育とはまったく異なります。

一般の学校教育が知的水準や教養レベルの向上を目的とするものであり、受講者側の知的能力が問題とされるのに対し、内部統制やコンプライアンスの教育研修の目的は、
「(誰でも使える)インフラとしての法制度や仕組」
を理解させることであり、受講者側の知的能力はさして問題になりません。

すなわち、四則演算や微積分や物理法則等といった社会活動と隔絶した自然科学法則を学術的に教える学校教育とは異なり、制度や社会のルールを理解させるための内部統制教育やコンプライアンス研修は、言語と社会常識を理解できる人間であれば、誰でも身につくものです。

ちなみに、法律学や会計学は一応
「学問」
とカテゴライズされており、これらを教える教育機関や教育者も整備されていますが、法律や会計は、たんなる制度あるいは取決めであって、学術性は皆無であり、法律“学”や会計“学”という言い方はやや誤解を招きます。

実際、会計というシステムについては、
「特定の大学の特定の学部でしか学べない学術分野」
というものではなく、商業高校にいる素行にやや問題のある学生でもフツーに勉強していますし、中学しか出ていない方でも仕事で決算を組むことは可能です。

法律についても同様で、ロースクールに通わなくとも、予備校で勉強した学部生が大量に司法試験予備試験(ロースクール卒業資格試験)を取得しています。

おそらく、単なる制度やシステムにすぎない法律や会計が、
「学問分野として整理され、あたかも特定の高等教育機関でしか教えられない学術性の高い領域」
とされているのは、これらの教育に携わる大学関係者へ配慮した結果だと思われます。

話を元に戻しますが、内部統制やコンプライアンスのための教育・研修は、ルールの重要性を理解させることがゴールになります。

ルールの重要性を理解させることがゴールといっても、
「このルールは大切だ」
「このルールはきちんと守れ」
等と大声で連呼したところで、睡眠を誘うだけであり、教育研修の効果は期待できません。

「規則教育」
の最も成功したモデルは、自動車教習所の学科講習です。

自動車教習所には、社会常識と健全な規範意識を有した学生や社会人に加え、反社会性が顕著な非行少年や虞犯(ぐはん)少年も多数訪れます。

後者のような
「常識や規範意識がやや希薄な集団」
に規則教育をするのは至難の業ともいえますが、多くの自動車教習所では相応の教育効果を挙げています。これはどのような方法によるのでしょうか。

学校教育すらなじまないこの種の方々に通り一遍の規則教育したところで誰もまともに聴講するはずがありません。

しかしながら、彼ら・彼女とて、規則違反をした結果として加えられる実害やペナルティには極めて敏感です。

そこで、自動車教習所では、学科講習の際、スピード違反をした結果として発生する悲惨な事故状況を臨場感あふれる形で撮影した写真のスライドをみせたり、道路交通法に違反した場合や業務上過失により他者を死傷させた場合の各種責任(民事責任、刑事責任のほか免許停止や免許取消等の行政上の責任)を強調し、このような
「ルール違反に伴う結果の悲惨さ・重篤さ」
をビビッドに理解させることを通じて、ルールの重要性を理解させています。

学校の授業で教師が話す内容には一切聞く耳をもたないような連中も、
「車やバイクが大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真」
は刮目して見ますし、
「交通刑務所での服役状況の話や、大枚はたいて取得した免許が停止・取消になるような実害を伴う話」
についてはきっちり理解しようと努めるものです。

内部統制教育やコンプライアンス研修も、上記と同様のことがあてはまります。

学術的な内容やルールの社会的背景を解説するタイプのアカデミックなプログラムは目的と完全にずれていますし、個々のルールを詳細に解説したところで、受講者が睡眠し、体のいい休息時間と化すだけです。

内部統制やコンプライアンスに関する教育・研修は、交通教育において
「車が大破し血糊が飛び散るような事故状況の写真の提示」

「交通刑務所での服役状況・処遇状況の教示」
に対応するようなもの、例えば、
「横領・背任、談合、インサイダー取引等のルール違反をした場合に、どのような過酷な状況に陥るか」
ということを具体的かつリアルに説諭することこそが、ルールの重要性を理解してもらう上でもっとも効率的で合理的な方法といえます。

以上、内部統制・コンプライアンスという課題におけるタスクとして、
「(ア)内部統制・コンプライアンスのための教育・研修」
というお仕事の進め方をみてまいりました。

次回は、この続きとして、
「内部統制・コンプライアンス上のタスクとしての(イ)違反の検知、(ウ)違反者の制裁」
について解説したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.053、「ポリスマガジン」誌、2012年1月号(2011年12月20日発売)

00157_企業の意思決定(2)_20111220

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(2)企業組織運営上の意思決定に関するお仕事を担う部署

前回、企業組織運営の意思決定に関するお仕事としては、大きく分けて、
(ア)誰がボスかを決め、
(イ)企業を運営する方針を決め、
(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる、
という課題があり、上記(ア)及び(イ)が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、(ウ)が内部統制という呼ばれる経営課題として整理される、と述べました。

株式会社においては、(ア)や(イ)の経営課題が株主総会や取締役会という法定の意思決定機関で行われますので、(ア)や(イ)の仕事としては
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
というものがその内容となります。

そして、これらの仕事は、総務部や法務部といった部署が担うことになります。

また、(ウ)については、比較的新しい経営課題ですが、法務部や内部監査室といった部署が担っているようです。

(3)企業統治というお仕事

ここで、前記(ア)及び(イ)のお仕事、すなわち企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事のポイントを述べてまいります。

先ほど申し上げたとおり、企業統治のお仕事の実際は、
「会社法に基づき、株主総会や取締役会を“仕切る”」
ということに尽きるのですが、
「“仕切り”が甘かったりすると、ボスが決まらなかったり、会社運営の基本方針が混乱し、会社を揺るがす大きなトラブルに発展する」
という意味で、非常に重大な任務であり、担当者は大きなストレスを抱えるようです。

ところで、株主総会や取締役会を仕切る法務部や総務部の責任者がストレスを感じるのは、
「会社法や会社紛争裁判例の知識が不足しており、あるいは紛争処理の経験がないため、異常事態や例外事象に対応できないから」
という事情のようです。

とはいえ、会社法や会社紛争裁判例の知識がなかったり、紛争処理の経験値が乏しい、と感じているのであれば、別に自分たちでウジウジ悩む必要はなく、会社のカネを使って外部から調達すればいいだけです。

「社会人の仕事」

「学生の勉強や試験」
との最大の違いは、社会人が仕事を進める場合、学生の勉強や試験と違って
「カンニングや替え玉受験やレポート代筆等がすべてOK」
という点です。

すなわち、学生時代においては、勉強や調べ物や宿題やレポートはすべて自力でやり遂げるべきものであり、
「家庭教師にカネを払って代わりにやってもらう」
などということは言語道断であり、また、試験でカンニングしたり、替え玉に受験させたりするのは、犯罪行為とされます。

しかしながら、社会人が仕事を進める上では、
「『自分たちだけでやり遂げる』ことにこだわり、ロクに知識もない素人が何ヶ月かけてグズグズ議論する」
という方が給料の無駄であり、会社にとって有害です。

むしろ、迅速かつ適価にて、外部のプロから必要な資源を調達することこそが仕事のあり方として求められます。

法務部や総務部に配属される方は、どちらかというと生真面目な試験秀才タイプが多く、
「“仕事”と“お勉強”の違いがわかっておらず、企業統治という純経営課題を学究課題と勘違いし、時間がかかっても自力で調査する」
という無駄で非効率な方向性に向かいがちです。

無論、自力で正しい解決に辿りつければいいのですが、情報や経験の不足から、方向性を誤り、
「時間をかけた挙句、仕切りをミスって、会社に大きな迷惑を被らせる」
という悲惨なチョンボをしでかすこともままあります。

企業統治というお仕事、すなわち、
「会社法に関する専門的知見に基づき、株主総会や取締役会を上手に仕切る」
という課題処理は、要するに、
「弁護士という“外注業者”をいかに上手に、適価で使い倒すか」
という点がポイントになります。

無論、最終的な社内ジャッジをする際には法務部や総務部の社員プロパーの仕事になるとしても、ジャッジに至るまでの大部分の情報は外注処理で賄えば足りる話です。

バカもハサミも弁護士も使いようです。

「学生時代の勉強のように、カンニングや替え玉受験なしで、自力でなんとかしなければ」
と考えて無駄なストレスを抱え込むことなく、外注業者をうまく使いこなすことにより、ラクに、楽しくこなせる仕事にすることができるのです。

以上、企業統治(コーポレイトガバナンス)のお仕事の進め方の要諦をみてまいりました。

次回は、内部統制というお仕事の進め方を述べてまいります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.052、「ポリスマガジン」誌、2011年12月号(2011年11月20日発売)

00156_企業の意思決定(1)_20111120

実際の企業運営現場に即した
「お仕事・各論編」
に入っております。

その前提として、前回前々回と、企業の生態分析を行いました。

今回から、
「企業組織運営上の意思決定に関わる仕事の進め方・段取り」
についてお話ししていきたいと思います。

2 企業組織運営の意思決定に関わるお仕事の作法

(1)企業組織運営上の意思決定に関する課題

組織体である企業には、様々な思惑をもった利害関係者が集まります。

株主は株主としての思惑をもって企業に参加しますし、経営者は経営者なりの考えがあります。

一括りに
「株主」
といっても色々な種類の株主がいます。

株を長期間保有する株主もいれば、
「午前中に株式を購入したら午後3時までにはすべて売っ払って株主でなくなる」
というトレーダーもいます。

「企業の組織運営についての株主の考え」
といっても、その具体的内容は株主ごとに異なります。

というか、そもそも
「株価の動向には関心があるが、企業の組織運営なんぞ全く興味がないし、どうでもいい」
という株主も相当数存在します。

とはいえ、企業も組織である以上、
(ア)誰がボス(トップ)かを決め、
(イ)企業を運営する方針を決め、
(ウ)従業員に企業が決定した方針に従わせる、
ということが必要になります。

上記(ア)及び(イ)が企業統治(コーポレイトガバナンス)と呼ばれる経営課題であり、(ウ)が内部統制と呼ばれる経営課題です。

(ア)のトップの選出については、株主総会で出資口数に比例した多数決(資本的多数決)により取締役を選出します。

そして、取締役会における多数決で、企業のトップ、すなわち代表取締役が選出されます。

企業運営が正常に行われている場合、
「トップは誰か」
という企業組織の根本的な事柄が曖昧になったり、モメたりするようなことはまずありません。

しかしながら、現実の企業社会においては、
「トップは誰か」
という企業組織運営において根本的な事柄をめぐって激しい紛議が生じることがあります。

古くは老舗百貨店三越の社長解任劇(1982年、三越の取締役会において、突如発議された代表取締役解職決議案が満場一致可決成立し、当時のワンマン社長が、取締役全員に裏切られる形で、非常勤取締役に降格させられた事件)が有名です。

また、最近では、総合電機メーカー富士通の“お家騒動”(辞めたはずの前社長が「オレは辞任した覚えも、解任された覚えもない。反社会的勢力と付き合いがあった云々は事実無根の因縁だ」という趣旨の反論を展開し、訴訟沙汰になった)など、企業が
「誰がトップなのか、明確に定まらない」
という異常事態に陥ることがあるのです。

また、(イ)企業の経営方針についても、大きな混乱が生じることがあります。

“ホリエモン”こと堀江貴文氏が率いるライブドアがニッポン放送の株を買い占めて同社筆頭株主に踊り出た際、筆頭株主たるライブドアとニッポン放送経営幹部とで企業経営の基本方針をめぐって重篤な対立が生じ、これがきっかけとなって訴訟沙汰に発展したことは記憶に新しいところです。

また、“モノ言う株主”として名を馳せた村上世彰氏率いる村上ファンドは、多数の株式を取得した会社に対して
「会社を解散し財産を株主に配当せよ」
「会社所有のプロ野球球団を上場したほうがいい」
など、現経営陣の策定した経営方針に強烈に異議を唱え、大きな議論を呼びました。

このように、企業において
「株主と経営陣の間で紛議が生じ、経営方針が定まらず、混乱する」
ということも起こり得るのです。

(ウ)の内部統制についても同様です。

企業の組織内部が適正に統制されていれば、企業トップが定めた組織運営方針は、組織の末端に至るまで適正に遵守されます。

しかしながら、
「企業トップあるいは上層部が策定した組織運営方針を、現場の従業員が無視あるいは軽視し、法令違反その他の重大な事件や事故に発展する」
という事態がしばしば起こります。

旧大和銀行ニューヨーク支店において現地トレーダーが独断で巨額投資を行って莫大な損失を発生させた事件や、総会屋への利益供与事件や談合やカルテルなど、現場が暴走して、内部統制上のトラブルを惹き起こすケースは枚挙に暇がありません。

以上のとおり、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
という基本中の基本といえる企業活動といえども、一筋縄では行かず、コーポレイトガバナンスあるいは内部統制に関する様々な課題に直面することになります。

そして、
「企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現」
に関する各課題を処理し、あるいは対応するため、多くの仕事が発生することになります。

このようにして
「『企業組織運営上の意思決定と決定内容の実現』に関して、企業においてどのような仕事が存在し、それら仕事を合理的・効率的に処理するためには、どのような作法や段取りで処理していくべきか」
という話につながるのですが、これらの点は次回以降に譲りたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.051、「ポリスマガジン」誌、2011年11月号(2011年10月20日発売)

00155_企業とは(2)_20111020

前回から実際の企業運営現場に即した仕事のお作法を述べる
「仕事のお作法・各論編」
に入っておりますが、各論・序論として、
「そもそも企業がどのように運営されているか」
ということをザックリと概観しております。

1 仕事を通じて奉仕する対象である「企業」とは

(3)企業の生態その2・経営資源の調達と活用

経営の基本方針やこれを実現する代表者や執行者が決まって、内部統治体制(ガバナンス)が整った企業は、次の段階として、経営資源を調達し、あるいは調達した経営資源を活用する、という活動に移行します。

ここにいう経営資源とは、よく言われる、ヒト(労働力)・モノ(設備や原材料)・カネ(資金)のほか、第4の経営資源と言われるチエ(技術・情報・ブランド)が挙げられます。

すなわち、企業は、資本を募ったり融資を得たりしながら資金を調達し、集めた資金で労働者を雇い入れたり設備や原材料を購入し、これらを活用して製品や商品を作り出したりサービス提供体制を整えたりします。

さらに、研究開発や情報収集を通じ、技術、ノウハウやブランドを創造・確立するとともに、企業経営の様々な局面でこれらを活用していきます。

このように、企業は、さまざまな経営資源を調達・活用しながら、製品・商品やサービス提供体制という形で、企業内部に付加価値を創出し、蓄積していくことになります。

ただ、
「付加価値を創出し、企業内部に蓄積する」
というだけでは企業活動としては不完全といえます。

企業は、次の段階として、自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させるための活動を行うことになります。

(4)企業の生態その3・営業活動

「自己の内部に蓄積した付加価値をキャッシュに転化させる」
という企業の生態ないし活動は、一般的に営業活動と呼ばれます。

なお、会計の世界では、
「営業活動によって、企業内部で格納されている商品在庫やサービス提供体制が、キャッシュに変わっていくプロセス」

「収益の実現」
と定義したりします。

営業活動によって、
「商品等がカネに転化し、そのカネが再び、経営資源として活用される」
というサイクルが生まれますが、この循環的な生態を繰り返すことにより、企業は継続して発展していくことになるのです。

ところで、営業活動は、営業ターゲットの属性によって、B2BとB2Cの2種に分類されます。

B2Bとは、“Business to Business”の略称であり、企業間取引、あるいはコーポレートセールス(ホールセール)を指します。

これに対して、B2Cとは、“Business to Consumer”の略称であり、消費者向営業、あるいはコンシューマーセールス(リテール)を指します。

このような分類がなされるのは、前記2種の営業は、採用される戦略・戦術も、活動の上で服すべき規制も、まったく異なることに基づきます。

すなわち、B2B営業においては、
「潜在顧客基盤が少ない反面、取引規模は大きく、また緻密で論理的な購買行動を取る顧客に対する活動」
という特徴があり、このような特徴に適合した戦略・戦術が採用されることになります。また、規制面では、B2B営業においては企業間の反競争行為(競争阻害行為)を禁止する独占禁止法が目を光らせることになります。

他方、B2C営業においては、
「低廉な取引価格と、感情的で衝動的な購買決定をする不特定多数の顧客」
を前提とした戦略・戦術(マスマーケティング)が採用され、また、規制面では、消費者契約法や特定商取引法に代表される消費者保護規制が働くことになります。

(5)企業の生態その4・決算、会計報告及び納税

企業は、以上のように、
「ヒト・モノ・カネ・チエという経営資源を調達・活用して商品等といった形で内部に付加価値を創出・蓄積し、これら付加価値を営業活動によってカネに転化させ、さらに転化したカネを再び経営資源として活用する」
という循環的な生態を永遠に続けて成長を遂げていきます。

とはいえ、以上のようなプロセスが
「途切れることなく、ダラダラ続く」
というわけではありません。

企業の活動は一定の期間毎に区切られ、その活動内容が会計的に記録され、整理されていきます(期間損益計算)。

このような計算の結果は、経営成績(P/L)・財政状態(B/S)という二元的切り口で表現されて、投資家や債権者に整理して報告されるとともに、産み出された利益の中から一定割合の税金を税務当局に納める、ということが行われます。

このように、
「一定の期間毎にその活動の成果が整理され、利害関係者(ステークホールダーズ)に報告する」
というのも企業の特徴的な生態といえます。

以上、典型的企業の生態・活動を2回にわたって概観してまいりました。

次回以降、これら企業の生態・活動の各局面において生じる様々な仕事に関し、その内容を解説するとともに、それぞれの仕事において推奨されるべき遂行指針を
「仕事のお作法・各論」
として述べてまいります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.050、「ポリスマガジン」誌、2011年10月号(2010年9月20日発売)

00154_企業とは(1)_20110920

実際の企業運営現場に即した
「お仕事・各論編」
を述べてまいります。

今回は、各論の詳細に入る前に、序論として、そもそも企業がどのように運営されているか、ということをザックリとみてまいりたいと思います。

1 仕事を通じて奉仕する対象である「企業」とは

仕事とは、頭脳や体を使って
「対象」
に働きかけ、
「対象」
にとって有用なものを創りだし、それによって
「対象」
から賃金を得る活動を言います。

そして、一般のビジネスパースンの場合、
「奉仕対象」
となっているのが、企業ということになります。

仕事を通じて奉仕する対象である
「企業」
ですが、
「営利を目的として計画的・組織的に活動する経済主体」
と定義されています。

日本においては、企業のほとんどは会社組織となっており、また、会社組織の大半は株式会社の形態を取っています。

したがって、ここでは、
「企業とは概ね株式会社のことを指す」
という前提の下、お話ししてまいります。

(1)企業の特徴

では、企業すなわち株式会社は、どのような特徴をもっているのでしょうか。

株式会社は、通常の人間と違って、姿・形がありません。

「株式会社は法人である」
などといわれますが、法人とは、自然人(我々通常の人間)とは異なる、
「バーチャル(仮想上の)人間」
です。

法人には、人の集合体(社団法人)と財産の集合体(財団法人)の2種がありますが、いずれも、
「自然人ではないものの、財産的基礎があるので取引社会に参加させても、自然人と同様に取引失敗の責任を負わせることが可能である」
という特徴があります。

そこで、これら人の集まり(社団)や財産のカタマリ(財産)について、一定の要件を備えたものを
「本来の人(ヒト)とは異なるが、法律上、人と同等に扱ってやろう」
とし、
「法人」
として扱うこととしたのです。

(2)企業の生態その1・意思決定

次に、企業の生態を見てまいります。

まず、企業は、自然人と違い、それ自体意思をもたない存在ですので、適当な方法で意思を決定し、また、その決定した意思の内容を誰か適当な自然人(代表者)を通じて
「法人の意思」
として表明してもらわなければなりません。

無論、法人の代表者を誰にするか、ということについても適当な方法で決定しておかなければなりません。

このように、企業においては、代表者を決めたり、その意思内容を決めたり、という活動が必要になります。

企業のこのような生態は、毎年6月末ころ多く観察できます。

株式を公開している株式会社(いわゆる上場企業)は、毎年3月末に決算期を迎え、その3ヶ月以内に定時株主総会を開催します。

「株主総会において企業は何をしているか」
というと、企業の方針を決定し、当該方針を実施する人間(取締役)を選出しているのです。

企業のオーナーである株主全体の方向性が一致していれば問題ないのですが、総会を撹乱させることを目的とした特殊な株主の方(総会実務の世界では「特殊株主」と呼ばれますが、日常用語でいう「総会屋」の方です)や、“ホニャララファンド”や“ホニャララパートナーズ”のように
「総会で元気よく発言される株主の方」
がいらっしゃる会社においては、このプロセスでモメることになります。

そして、企業のこのような生態に関連・派生して、モメ事に対応するお仕事が必要になります。

すなわち、企業においては、企業の意思決定が円滑に行われるようにするために様々な仕事をしていく部署が必要になりますが、多くの企業では
「総務部」
というところがその種の仕事全般を担っています。

ときどき、
「企業の意思決定が円滑に行われるようにする」
ために総会屋にお金を渡したりする総務部の方もいらっしゃりますが、これはご法度とされており、たまにバレて逮捕されたりすることがあります。

次回は、企業の生態の続きとして、経営資源の調達・活用や営業活動といった生態をみてまいります。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.049、「ポリスマガジン」誌、2011年9月号(2011年10月20日発売)

00153_取締役の悲劇(6)_20101020

「取締役の悲劇」
の連載の最終回です。

前回まで、ある
「取締役」
の方が手形法に関する知識がなかったばかりに大損を被った、というお話をさせていただきました。

ところで、法律オンチの
「取締役」
の方が大きな法務トラブルに見舞われるというのは別に珍しいことではなく、むしろ、
「取締役の多くが、法律的に間違ったことを仕出かしているものの、相手や運に恵まれ、大きなトラブルとして顕在化しない」
という状況がほとんどです。

実際企業法務の現場でおみかけする多くの
「取締役」
の考えや行動は、我々プロの法律家からみると、気でも狂ったかと思われるほど異常なものばかりです。

では、圧倒的大多数が法律知識を欠落している
「取締役」
という人種が、法的無知に起因する悲劇に見舞われないようにするには、一体どうすればいいのでしょうか。

まず、1つは、がんばって法律を勉強することです。

言ってみれば誰でもなれる
「取締役」
になったくらいで浮かれて毎晩飲み歩いたりせず、暇があったら早く家に帰って民法や会社法の本をしっかり読み、立場や役割にふさわしい法的知識を具備するよう精進することです。

さらに言えば、
「取締役」職
を資格制にして、
「『公認取締役資格試験(仮)』のような試験を合格した者でなければ、取締役になれない」
という制度にする、ということもアリだと思います。

そもそも
「どんなバカでも取締役になれる」
というのが、事故が多発する根本的原因です。

会社法が法運用の前提とする
「取締役」

「基本的な法律知識を有する経営専門家」
ですが、実体との乖離が甚だしい現状がある以上、特定の試験合格による能力担保を行う制度を実施すれば、
「取締役」
からバカや認知に問題がある人が排除され、不幸な事故が減るはずです。

とはいえ、以上のようなことを実現しようとすると、相当な時間とエネルギーを要しますし、経済界からの猛反発が予想されます。

さらに言えば、
「廃業数が起業数を上回る」
という日本の企業社会のお寒い現状が加速され、企業数の低下にますます拍車がかかり、経済が停滞しかねません。

現実的な対応策とすれば、まずは、
「取締役」さん
が自らの無知・無能(あくまで法律知識における無知・無能という意味ですが)を悟り、
「わからなければ、知ったかぶりをせず、知っている人の意見をよく聞く」
という当たり前のことを励行することが重要です。

「学校での学生生活」

「ビジネス社会における社会生活」
の違うところは、
「後者(「ビジネス社会における社会生活」)では、情報を買ったり、カンニングが許されている」
という点にあります。

すなわち、学校では、知らないことやわからないことを自分で調べることをせずに友達に結果だけを聞いてすませたり、レポートを自分で作らずに友達のものを書き写したり、あるいは自分の能力や勉強の成果が試される試験において他人の答案を覗き見たりするのはいずれもご法度とされます。

しかしながら、ビジネス社会においては、カネの力にモノを言わせ、プロを雇い、知恵や文書成果物を買い上げて、自分のモノとして利用するのはむしろ推奨される行動です(逆に、「能力がないのに、プロにまかせず、自分の力でやってみて失敗する」ことの方がNGとされます)。

ですので、ズブの素人である自身の法常識(そのほとんどは間違ったもの)など端からアテにせず、プロの弁護士をカネで雇って、法律知識を
「購入」
して武装すればいいだけなのです。

そして、そういう行動を取るためにも、法律の怖さを理解し、自分の能力を過大評価せず、謙虚に生きる気持ちをもつことです。

最後に、私からまとめの一言。

「いいですか、取締役の皆さん。
皆さんは、強大な地位と権限が与えられています。
法律上、
『会社法その他の法令に通暁した経営のプロ』
とみなされ、無知ゆえにどんなアホなことを仕出かしても、言い訳なしでケツをきっちり拭かされる立場にあります。
こんなに重大な責任ある立場であるにもかかわらず、試験も何もなく、バカでも誰でもなれちゃんです。
だから怖いんです。
世間がいくらチヤホヤしても、舞い上がることなく、己の分際をよくわきまえ、
『オレは法律オンチだ』
を常に心の中で唱え続け、わからない法律問題に遭遇したら、自分の使えない頭脳で考えたり変な知ったかぶりをせず、全部、事前に法律の専門家に相談するんですよ。
わかりましたね」

(了)

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.038、「ポリスマガジン」誌、2010年10月号(2010年9月20日発売)

00152_取締役の悲劇(5)_20100920

「取締役の悲劇」
の連載第5回目です。

前回、ある
「取締役」
の方が、換金のために持ち込んだ銀行に全く相手にされなかった手形について、とある事務所から裏書きした手形と引き換えに幾ばくかの現金をもらい、遂に手形の換金に成功したところまでお話ししました。

それから何ヶ月かした後、この
「取締役」さん
が務める会社のところに内容証明郵便による通知書が届きました。

通知書は、都内の某所にある
「ホニャララ商事」
というところが通知人となっているものですが、
「取締役」さん
は、こんな会社、接点はもったことはおろか、見たことも聞いたこともなく、まったく狐につままれた気分です。

通知書をよく読むと、先般、換金に成功した手形のことがつらつら書いてありました。

この点は身に覚えがある話です。

というか、この手形換金話は、その後も銀座のクラブで幾度となく語っている話であり、
「取締役」さん
にとって何度語ってもつきない輝かしい武勇伝でした。

通知書を読み進めると、
「手形を銀行に持ち込んだら、最初に手形を振り出した会社が支払を拒絶した。裏書きしたあなたの会社は、その責任を取って、額面全額の金額を支払わなければならないので、即刻耳を揃えて全額払え」
等と書いてありました。

「取締役」さん
は、ワケがわかりません。

「取締役」さん
は、
「ウチの会社は、借金のカタに手形をもらいうけ、これを換金しただけだ。手形を最初に書いた会社なんて、アカの他人じゃないか。なぜ、そんなヤツの借金まで面倒をみる必要があるんだ。どうせ、これは新手の『オレオレ詐欺』か何かだろう」
と断定し、通知書を放置することにしました。

すると、その後、東京地方裁判所民事7部というところから、訴状が届きました。

訴えを提起したのは、
「ホニャララ商事」。

先日の内容証明郵便による通知書に書いてあったようなことが、同じような形で味も素っ気もなくツラツラ書いてあります。

ここまで来ると、
「取締役」さん
も流石に気持ち悪くなり、知り合いの取引先に紹介したもらった弁護士のところに行き、意見を聞くことにしました。

弁護士さんは訴状をみて、その上でおおまかな事情を聞いたあと、いきなり
「こりゃ、ダメですな。こちら側の全面敗訴になりますよ」
と言うではありませんか。

「取締役」さん
は耳を疑いました。

思わず激昂し、
「先生、いい加減なこと言わないでください。私はもらった手形を換金しただけです。いわば権利者ですよ。なんで最初に手形を振り出したヤツのケツをもたなければならないんですか! 裁判所に行けばわかってくれます。こんな不当な訴訟、徹底的に戦ってください!」
と言いました。

弁護士さんは、
「素人が、慣れない手形をイジるとこうなっちゃうんだよな・・・」
とボヤキながら、手形制度の説明を始めました。

手形の信用を高めて、なるべく多くの人間が安心して手形を受け取るような制度とするため、手形法上、手形の裏書人は、振出人や自分より前に裏書きした人間が手形金の支払ができなかった場合の保証人になるとされています。

すなわち、手形の裏書人というのは、手形を受け取ったという点では権利者である反面、手形振出人や自分より前の裏書人のケツを拭かされるのであり、この点において、見ず知らずの人間が振り出した手形に裏書人として署名するのは非常に危険な行為だったのです。

他方、保証を引き受けずに手形を次の人間に譲渡する方法も用意されており、無担保裏書という特殊な裏書をしたり、そもそも裏書人として署名をすることなく手形そのものを売り飛ばしてもよかったのです。

手形の制度など全く知らなかったズブの素人の
「取締役」さん
は、手形を換金するために持ち込んだ先の事務所の社長にうまく騙され、わずかなカネと引き換えに、知らない間につぶれそうな会社の保証人にされてしまったのです。

もうこうなれば、恥も外聞もありません。

「取締役」さん
は、弁護士さんに必死で頼み込みます。

「私は、何にも知らなかったんですよ。手形なんて、それまで実物を見たこともありませんでしたし、そんなヘンなルール知りっこないじゃないですか。それに私は二代目で、親からもそんなこと教わっていません。素人相手にひどいじゃないですか。なんとか、ノーカンになりませんか。裁判所もわかってくれますよね。ね。ね」
と最後は哀願口調です。

しかし、弁護士さんから返ってきたのは突き放すような冷たい回答でした。

「無理なものは無理ですよ。手形はプロが扱う決裁道具であり、そんな言い訳通用しません。それに、仮にも取締役なんでしょ。高校生や専業主婦ならともかく、『ボクはバカですから今回のチョンボは見逃して』なんて話、裁判所で通用しませんよ」

結局、
「取締役」さん
の知ったかぶりのため、この会社は高い授業料を支払わせることになりました。

では、このような悲劇に見舞われないためには、
「取締役」さん
としては今後、どのようにして世知辛い世の中を生きていけばいいのでしょうか。

この点は、次回お話ししたいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.037、「ポリスマガジン」誌、2010年9月号(2010年8月20日発売)

00151_取締役の悲劇(4)_20100820

「取締役の悲劇」
の連載第4回目です。

前回、ある
「取締役」
の方が、破綻しそうな会社からお金の代わりに取り上げた手形の換金方法を模索し、銀行に相手にされず、金券ショップで換金しようとするところまでお話しました。

この
「取締役」さん
は、
「ご大層な金額がチェックライターで打刻してあり、みるからに価値のありそうで、仰々しい、この手形が換金できないはずなどない。この国の取引社会は狂っているぞ」
との信念をもとに、金券ショップの門を叩きました。

無論、金券ショップは、商品券でも優待券でもない手形など換金などしてくれません。

しかし、金券ショップの店主は、
「ここだったら、手形を換金してくれるかもしれない」
と怪しげな事務所を紹介してくれました。

その事務所では、金券ショップと貸金業とクレジットカードを用いた金融等をやっているほか、裏メニューとして不動産の仲介や債権の回収のほか、手形の買い取りもやっている、とのことです。

「取締役」さん
は、金券ショップの店主から教えられた住所を頼りに、紹介されたところにたどり着きました。

そこの事務所のオーナーと称する男は、ゴルフ焼けした顔をほころばせ、
「我々は金融や手形のプロです。なんでもおまかせください」
とやたらと自信ありげに振る舞います。

「取締役」さん
は、これまでの経緯を話すとともに、
「どこから観察しても見た目に立派で価値がありそうな手形をもっているにもかかわらず、まったく相手にもされない」
という異常な現状を嘆くとともに、これを何とかしてカネに換えたいという思いを切実に訴えました。

事務所オーナーは、
「わかりました。あなたの言うことはもっともです。額面の5%で買い取りましょう」
と力強く答えてくれました。

干天の慈雨とはこのことです。

たしかに、買取金額としてはあまりにも安く、正直、不満がないわけではありません。

しかし、必死の思いで回収してきた
「見るからに価値のありそうな立派な手形」
を、
「紙切れ」
と言わんばかりの態度で鼻で笑って取り合ってくれなかった経理部長や銀行の担当者を見返すことができた、ということの方がうれしく、天にも登る気持ちでした。

買取金額がまとまったということで、事務所オーナーは、
「手形を譲ってもらう手続として裏書というものがあります。ご存じですよね。ほら、このとおり」
と言って
「だれでもわかるやさしい手形入門」
とかなんとかいう本の付箋を貼ったページを示します。

たしかに、本には
「手形を譲渡するときは裏書きするのが基本」
と書いてありますし、手形の裏側には、すでにいくつか
「裏書き」
なるものが書いてありました。

ずいぶん前に株の現物をみたときにも、株券の裏側にこれと同じようなものがありました。

「取締役」さん
は、それほどバカではなく、想像力は働きます。

要するに、
「ゴルフコンペの優勝カップに歴代チャンピオンの名前を書いた布をくっつけるようなもので、手形のこれまでの持ち主の素姓を明らかにしておくようなものだ」
と理解しました。

「取締役」さん
は、
「ナメられたらいけない」
という思いから、自信をもって大きな声で答えます。

「知ってます、知ってます。裏書きですよね、裏書。はいはい。手形の受け渡しの際の基本ですよね。今、会社の実印はもっていませんので、すぐに会社に戻って取ってきます」
といって大慌てで会社に行き、金庫から実印を取り出し、事務所に戻ってきました。

戻ってくると、事務所オーナーが、買取金額相当額の現金を用意して待っており、即座に
「裏書き」
をした手形と現金を交換し、無事手形の換金に成功しました。

「取締役」さん
は、鼻息も荒く会社に戻り、社員全員を前にして、換金に至る苦労を延々語るとともに、
「何事もあきらめてはいけない! 粘ることを忘れるな! 粘ることを知らないような人間はこの会社に不要だ!」
と締めくくり、経理部長にクビを言い渡しました。

経理部長は何か言いたかったようですが、前からこの
「取締役」さん
を好きではなく、銀行時代の友人から別のもっとましな会社の経理担当役員の仕事の紹介を受けていたので、退職することにしました。

この
「取締役」さん
は、その夜、銀座のクラブに行き、女の子を前に、手形換金の苦労話とバカな経理部長をクビにした武勇伝を延々語りました。

すぐ先に大きな落とし穴があるとは知らずに。

次回も、この知ったかぶりの
「取締役」さん
に襲った悲劇のお話を続けさせていただきます。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.036、「ポリスマガジン」誌、2010年8月号(2010年7月20日発売)

00150_取締役の悲劇(3)_20100720

「取締役の悲劇」
の連載第3回目です。

前回
「取締役が知ったかぶりでどんどん状況を悪化させ、しかも本人はそのことにまったく気がつかず、気がついたら、三途の川を渡河し、地獄の底に到達していた」
という話がビジネス社会には実に多く存在する、と申し上げましたが、今回はそのような話の一例をご紹介します。

ここに一人、会社を経営している
「取締役」さん(実際の肩書は代表取締役)
がいらっしゃいました。

会社法の教科書等をみると、世間知らずの学者の方は、
「取締役は、経営の専門家である」
等と持ち上げていますが、この
「取締役」さん
は、経営の専門教育はおろか、まともな高等教育も受けた形跡はなく、会計も法律もほとんど無知。

パソコンも使えず、手紙やファックスをみても誤字脱字・当て字のオンパレードで、しかも文書をみても意味が通じない。

ところが、どういうわけかお金だけはあるみたいで、会社の
「取締役」
になれた。

会社の
「取締役」
になる、
といっても、これまで述べてきました通り、学歴も資格も試験も不要で、司法書士の方にカネを払えば誰でも
「取締役」
になれてしまう。

そして、この
「取締役」さん
は、
「取締役」
という肩書がついた瞬間から勘違いが始まりました。

「オレはエラい」
「なんつったって取締役」
「世間からは社長と呼ばれる身分」
「オフィスは立派で、部下もいるし、秘書もいる」
「ゴルフ会員権も、クレジット会社のホニャララカードも持っているし、移動はグリーン車かビジネスクラス」
「銀行の支店長とサシで話し、弁護士や税理士をアゴで使う」
「銀座のクラブでも丁重に扱われるし、行きつけのホテルや高級レストランでは名前を覚えてもらっている」
なんて具合でした。

このくらいの勘違いはまあ、かわいいもんでしょう。

ですが、その勘違いが、あるはずもない自分の能力や知識にまで及んでしまったことから悲劇が始まりました。

あるとき、
「取締役」さん
の取引先が経営危機となり、売掛債権が焦げつきそうになりました。

結構大きな額で、会社の資金繰りにも影響しかねない状況です。

「取締役」さん
は、取引先の社長を呼びつけ、
「どうしてくれるんだ!」
と詰問しました。

納入した商品は、取引先からさらに先の問屋さんのところにすでに納品されてしまっており、商品引き揚げは難しい状況です。

平伏する取引先の社長は、カバンから一枚の手形を差し出しました。

そして、
「私どもの取引先でやはりつぶれそうになっていたところから、少し前、こういう手形を振り出させました。額面は焦げついた金額よりはるかに大きな金額ですが、取り立てできるかどうかわかりませんから、すべて差し上げますので、これで、どうかご勘弁ください」
と言います。

この
「取締役」さん
は、手形取引の仕組についてはほとんどわかっていない状況で、手形の知識は専業主婦レベルでした。

しかし、
「取締役」さん
の目には、
「ご大層な金額がチェックライターで打刻してあり、見るからに価値のありそうで、仰々しい手形」
は、それなりの価値があるように見えました。

「これ以上潰れそうな会社を相手に押し問答したところで、どうしようもない」
と判断した
「取締役」さん
は、売掛額の倍額以上にもなる額面の手形を受け取り、
「まぁ、これで幾ばくかのカネになるだろう」
と考えました。

しかし、銀行との折衝を担当している経理部長に聞いたところ、
「こんな手形を銀行に持っていったところで、割り引いてくれませんよ」
等というつれない返事です。

「手形? 割り引き?」
ということ自体あまり意味がわかりませんが、そこは知ったかぶりで対応しておき、
「とにかく銀行に行って話をしてみてくれ。換金する方法があるはずだ」
と指示しました。

しかし、結果は経理部長が予想したとおりで、銀行は換金に協力してくれませんでした。

「莫大な金額が記載してあり、大手都市銀行の名前も入っている、見るからに価値のありそうな手形が換金できない?」

「取締役」さんの乏しい知識や経験からはまったく理解できない状況です。

「そんなバカな話があるか。もう、経理部長や銀行はアテにできない。こういうときは行動あるのみ。よし、金券ショップだ。」

「取締役」さん
は、自らの信念に基づき、行動を開始しました。

この悲劇の続きについては、次回、お話したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.035、「ポリスマガジン」誌、2010年7月号(2010年6月20日発売)

00149_取締役の悲劇(2)_20100620

前回に引き続き、
「取締役」
という肩書を持つ人種の気質・行動について、いつもながら偏見に満ちた雑感を述べていきたいと思います。

前回みてきたとおり、日本社会である程度のステータスを有しているとされる人種のうち、医者や弁護士や公務員や教員に関しては、少なくとも過去の一時点において当該キャリア保持に必要とされる知識を資格試験という形で確認・検証されていることから、能力水準の下限にも、おのずと限度というものが存在します。

しかしながら、
「取締役」
というステータスに関しては、
「無試験・無資格・性別・人種一切無関係、破産者であろうが認知症の疑いのある方もウェルカム」
という形で広く門戸を開放しすぎてしまったため、能力水準の下限は
「底無し」
といった状況であり、想像を絶するとんでもないことをやらかしてくれる方々が相当多く混在することになるのです。

「取締役」
とは、もともと、その名のとおり、
「会社法その他関係法令に基づいて、会社という組織の運営を『取り締まる』役目を担うプロフェッショナル」
ということが想定されておりました。

会社法の専門書をみると、
「取締役とは株主から経営を付託された経営専門家である」
等と書いてありますが、これは、社会現実を知らず、机の上で理屈をコネ繰り回している学者だからこそ言える虚構です。

現実の取締役、とくに多くの中小零細企業の取締役については、会社法や簿記・会計はおろか、国語や算数の試験すらなく誰でもなれることから、法律が想定している役割・立場と、実際の能力との間に重篤なギャップが生じてしまっています。

しかも、このようなギャップを是正する制度的担保がなく、知的能力が破綻したまま放置される一方で、法律上、取締役である限り
「経営のプロ」
とみなされて会社運営に関する大きな権限を与えられてしまうが故、
「取締役」
と呼ばれる人種の周りには、会社をめぐるさまざまなトラブルに巻き込まれる高度の危険が常に存在するのです。

加えて、そんな危なっかしい状況にある
「取締役」
の皆さんですが、自らの職責や権限や責任に関する知識を補充する意欲が全くないといった方が多いため、被害を拡大し、自身も会社も不幸に追い込んでしまいがちです。

無論、
「取締役」
と呼ばれる方々も、自らが無知であることを知り、無知なら無知なりに、専門家の助言を求め、常に謙虚かつ慎重に行動していれば、トラブルを回避したり、脱出したりすることも期待できるでしょう。

しかしながら、
「取締役」
と呼ばれる方々の多くは、当該キャリアを保持するに必要な知識を確認するための試験を受けたこともないくせに、
「自信」

「思い込み」
だけは人一倍で、専門家の意見を謙虚に聞く方や勉強して自分の職や立場に関する知識を得ようというような殊勝な心がけの方はあまり見受けません。

むしろ、
「知ったかぶりでどんどん状況を悪化させ、しかも本人はそのことに全く気がつかず、気がついたら、三途の川を渡河し、地獄の底に到達していた」
等という悲劇とも喜劇ともつかない話がビジネス社会には実に多く存在することになるのです。

一例として、手形に関し、
「取締役」
がやらかした大失敗があります。

商業手形、法律上は約束手形と呼ばれるものですが、これについては、
「手形は怖い」
「手形は難しい」
「手形の取り扱いには注意しろ」
「手形の扱いを間違うと企業の命取りになるぞ」
等という話を聞かれたことがある方も多いと思われます。

実際、手形法と呼ばれる法分野は、かつての司法試験においても論文科目とされていましたが、技術的に難解なため、受験生泣かせの学習分野として有名でした。

国内最難関と呼ばれた旧司法試験の受験生すら苦しめた難解な法分野である手形法について、無試験・無資格でなれる
「取締役」
がご存じなわけはありません。

そんな
「手形のことなんてほとんど知らない『取締役』」
の方が、知ったかぶりで手形の扱いを間違ったばかりに、会社と当該取締役が地獄に突き落とされる事件が起きたのでした。

この悲劇の詳細については、次回、お話したいと思います。

著:畑中鐵丸

初出:『筆鋒鋭利』No.034、「ポリスマガジン」誌、2010年6月号(2010年5月20日発売)